無意識になった時

昨日、復帰したばかりの選手が再度、怪我をした。12月に大腿筋を負傷し、復帰したが、再度同所付近を痛め、最近、完全復帰したと思ったら、今度は、膝の靭帯を痛めた。
我々の世界では、ときどき耳にすることだが、当事者からしてみれば大きなショックであり、とても辛いことである。
自分が担当した選手が、無事に復帰し、試合を消化してくれるようになる(単に普段通りに戻る)事にホットするというのは、この種の職業に限らず、何かを通常に戻すという仕事をしている人々はだれもが感じることだろう。

ところで、なぜ、このようなことが起こってしまうのだろうか。
「自分なりに完璧にやったはずなのに」と思うのが当事者で、それを単に不運だったと言ってしまえば、それはそれで終わってしまう。また、その人の成長もそれで終わってしまう。やはり、そこには何かが不足していると考えなければならない。
リハビリもゆっくり、時間を掛ければ良いのかもしれないが、手取り1日約150万円(6億円の年収)の選手を何日も時間を掛けてのんびりとリハビリさせることは、逆に我々の能力を疑われてしまう事になる。しかし、早まって一歩間違えば、再発、悪化等で、リハビリも振り出しに戻ってしまい、下手をすると1シーズンを棒に振ってしまう破目になる。こうなると自分の契約自体も危うくなってしまう。

以前 大木君が、話してくれことでとても印象に残っていることがある。
ある歌手の卵が、コンテストの終了後、当日、帯同できなかった師匠にどうだったかと聞かれ、こう答えたそうである。
「いつも間違える苦手な箇所も無難に切り抜け、緊張もしないように努力したし、完璧に歌えました。」
この答えを聞いて師匠は、すぐに、またダメだったかと思ったそうである。
それは、苦手な個所を気にして 緊張せずに歌う事を考えていては、良い歌など歌えない。師匠の期待した答えは、「師匠ありがとう、気持ちよく歌えました」それだけを聞きたかったのである。
苦手な個所を意識して練習することは大切だが、本番は、それを気にしていては聞き手は、すぐに分かってしまうし、緊張している、していないを意識するようでは、心から歌っているとは言えない。
アイススケートの選手は、どうなのだろうか?ショートなどは、数分間の間に何を考えてやっているのだろうか。とても興味がある。きっと調子が良い時には、無意識なのではないだろうか。

リハビリから戻って試合にでる選手もこれに似た感覚が必要だと思うし、我々トレーナーは、その環境を作ることが必要である。それは、精神的な面だけでなく、技術面、フィジカル面でも同じことだ。
リハビリでは、患部の治療は、もちろん重要であるが、現場に戻った時に使われる全体の動きを常に考慮しなければならない。出来る限り、サッカーの動き(closed kinetic chain等)に沿って小さな筋の動きも重要視することである。つまり、常に局所と全体を考えながら行うことだ。
最後は、何も気にせず、力まず、普通に楽しく出来る気持ちになった時が、治った時なのかもしれない。
しかし、みんなこんな事は分かってやっているが、うまくいかない。
やはり、そこには経験が物を言うのかもしれない。

コメント

  1. 分かっているつもりでも
    なかなか心がついていかないこともありますしね。

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  2. 練習での怪我はやりきれませんね。

    活躍する時は無意識だったり、瞬間の反応だったりする事が多そうです。今週末素晴らしいオーバーヘッドを決めたルーニーも試合後「無意識でのプレ―」と語ってました。

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